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30代の私が発達障害であると気付いた経緯

こんにちは。福耳(@tetsumaru54)です。

今日は自分がアスペルガー症候群と発達障害であると気付いた経緯について話してみたいと思います。

同じ発達障害のある方に読んでいただけると幸いです。

学生の頃

小、中学生の頃の私は自分の個性を思う存分に発揮して、周りに受け入れられていました。毎日楽しく過ごしていました。面白いキャラでユニークであると成績表に書かれたこともありました。

しかし、高校・大学の時から周りの生徒とのギャップを感じ始め「自分とはなんだろう?」と違和感を感じていました。友達もそこまで多くはありませんでした。

社会人になってから「適応障害」を患う

学生の頃から教員になりたいという夢を叶え教壇に立って仕事をしました。

1年目はなんとか仕事はできていたのですが、2年目のクラス変えなどの職場環境の変化によるストレスから、徐々に熟睡できなくなりました。

心療内科を受診すると「適応障害」だとわかりました。この頃はまだ自分の発達障害について全く気付いていませんでした。

その後、仕事を辞め療養することなりました。

今思えば、この頃の自分は自分の事(障害特性や聴覚過敏である事)をよく理解していなかったと思います。

新たな職場で自分がアスペルガー症候群である可能性を指摘される

2年程の療養期間を経て、スーパーの品出しの仕事を始めることにしました。

この職場では最初おとなしく殻に閉じこもっていましたが、敏腕の店長が着任してから全てが変わりました。

それまで赤字続きだったお店が、その店長が来てから黒字に転換しました。それと同時に私自身も店長の影響を受けて自分の個性を出せるようになってきました。

私の良いところを引き出してくれる存在でした。同僚もそれを受け入れてくれました。

しかし、その店で働き始めて3年目のあるとき、ずっと一緒に仕事をしていた同僚から 「お前アスペルガーじゃないのか?」と言われました。

その人の一言で、私はひどく動揺し傷つきました。おそらくその人は悪気はなく、普段の私の仕事っぷりや性格、特性を見て「普通とは何か違う」と感じていたのでしょう。

帰宅してアスペルガーについてネットで調べると自分にあてはまることが多々あり、この頃から自分が発達障害であると疑い始めたのです。

第3の職場でマルチタスクに苦しむ

この頃の私は障害という言葉にピンときていませんでした。 まだ自分は普通の人間なんだと思っていました。 もっと視野を広げたいという思いで、転職することを決意しました。転職先の雑貨店で店舗スタッフとして販売業務を行うことになりました。

最初の方は順調だったのですが、徐々に仕事量が増え、業務も多岐にわたり同時に複数の仕事をこなさなければならないようになりました。 いわゆる私の苦手分野とするマルチタスクです。 特にレジ操作や発注、在庫管理が苦手でした。

仕事のミスが目立ち始め、周りの従業員の視線が怖くなっていました。

実はこの頃の記憶があまりありません。 あまりに辛い思いをしたので脳が記憶を抹消しようとしたのかもしれません。 唯一覚えているのは、仕事を辞める直前客から受けた注文を処理し忘れてしまったことです。いっぱいいっぱいで客と話したことさえ忘れていました。

この頃、帰宅途中ホームで待っている時に、電車が近付いてくるのですが、このまま飛び込んだら少しは楽になるのかなと一瞬考えました。(今思うと本当に怖いです)

しかし、なんとか踏みとどまり、結局この職場は退職することになりました。

新たな病院で初めて発達障害の診断を受けることに

前から感じていた違和感と第3の職場で辛い思いをしたことで、やはり自分は何かおかしいと確信し、発達障害を疑い、病院を受診することにしました。

それまで通院していた心療内科では発達障害についての診断は行なっていなかったため、発達障害を診断している精神科を受診しました。 そこで初めて発達障害のグレーゾーン、自閉症スペクトラムという言葉を聞きました。発達障害の診断は下りはしなかったものの、自閉症スペクトラムの可能性が高いという指摘はされました。発達障害の治療を薬物療法とカウンセリングや集団療法で行っていこうという話になりました。

最後に

自分が発達障害であると気付くまでかなり辛い思いをしてきました。もっと早く気付ければ良かったと思うこともあるのですが、辛い経験をしたからこそ気付けた大切なこともあります。 発達障害だと気付いてからも障害という言葉に惑わされて落ち込むこともありましたが、今はありのままの自分を受け入れられるようになってきました。